相手を見守ることと相手の世話を焼くことの違い


こんにちは。
諦めたくない夢を追いかける人を
応援するメンタルトレーナーのトムやんです。


今回は相手を見守ることと
相手の世話を焼くことの違い
というテーマでお話しします。

見守ることは相手を信じていること


相手を見守るということは
相手を信じていることです。


相手を信じて見守っているから、
最終的には相手ができるという
結果をもたらせるのです。


見守ることによって、
時には相手からアドバイスを
求められることもあるでしょう。


もしかしたら、
相談しに来ないときも
あるかもしれません。


しかし、相手が相談しに来なくて
不安にならなくても大丈夫です。


もしかしたら、こちらよりも
詳しい方に聞いているかもしれません。
どんな分野にも万能に詳しい方はいません。


見守っていて相談に来なくても
何とかしようとしていると
信じて見守りましょう。


見守っているという感覚を
相手が持つことによって
相手は思う存分実力を発揮できます。


見守られている相手にとっては
放任ではないため、


何か困ったことがあっても
頼ることができます。


もし、放任の場合、
相手のことを信じていないため、


相手から相談されることもありませんし、
信頼関係も築けません。


何より、放任は相手に対して
無関心であるため、


相手にとっては信頼されていないと
思われてしまいます。

世話焼きは相手を信じていないこと


一方、相手の世話焼きをするということは
相手を信じていないことです。


相手を信じていないからこそ、
相手ができないという前提を
勝手に持っています。


そんな思い込みがあるから相手は
いつまで経ってもできるようにはなりません。


特に世話焼き女房という言葉があるように、
女性の方が相手に対してできないという


思い込みから勝手に先回りをして
失敗させないようにします。


いつも、先回りしてばかりいては
相手を依存させる行為になってしまいます。


その結果、子どもが定年間近になっても
自立できない8050問題が発生しているのです。


母親が必要以上に手助けを
していることに気づいておらず、


子どもが自立する機会を
母親自ら奪っているのです。


そして、気がつけば社会人にまで
成長しているにも関わらず、


家に引きこもってばかりで何も
行動を起こさないと嘆いているのです。


しかも、引きこもりの原因が
自分にあることさえ気づいていないから
タチが悪いのです。


相手の問題に対して過剰に反応して
相手に手を差し伸べても
相手が喜んでくれるとは限りません。


むしろ、世話焼きをして相手に
感謝してもらいたいという


下心がバレバレでは当然、
相手は感謝してくれません。


相手からの感謝を求めているということは
相手からの評価に対して意識が向いていて、


自己肯定感の低さが相手に
出てしまっている状態になっています。

相手を信じられなければ相手を駄目にする


相手を信じない、
相手ができないからと決めつけることで


知らない間に相手を
駄目にしていることに


気がついていない状態は
非常に危険な状態です。


「私のことなんて信じていない。」と
相手に思われてしまえば


こちらが先回りして相手が喜ぶだろうと
思うことをしても相手に嫌われてしまいます。


相手を信じていないということを
前提にしているため、


信じていないなという気持ちが
相手に伝わってしまいます。


子どもが失敗して困らないようにするのが
親の役目だと主張する方もいるでしょうが、


失敗という経験を積ませなければ
何も学ぶことがありませんし、
何の成長もありません。


それに結果から来る失敗に対する受け止め方は
チャレンジした本人が決めることであるため、


チャレンジしていない方は
決めることができません。


失敗して嫌な思いをするかどうかは
チャレンジした本人が決めることですので、


前向きに捉えるか、
後ろ向きに捉えるのかを
勝手に判断しないことです。


先回りして親が子どもの失敗で
後悔しないようにあの手この手で
助けようとする行為は親の単なるエゴであり、


親の承認欲求を満たしたいという
自分勝手な行為なのです。


他者貢献のつもりように思える行為でも
実は単なる自己中心的な行為なのです。


1番わかりやすい例は子どものために
身を犠牲にして子どもが望んでいない学校に
行かせるための学費を稼ぐ行為です。


親が自己犠牲をして自分は子どもの将来に
貢献しているという建前を作って


子どもが自分の思い通りにしなければ
自分の建前を使って子どもを脅すことを
承認欲求を満たしたい親は平気でやるのです。


そんなことをすれば子どもは
自分は悪い存在だという認識を


持ってしまうことを平気で
無視してやってしまうのです。


その結果、子どもを信じていない親が
自分の子どもを駄目にしてしまっている
現実が出てくるのです。

まとめ


相手を見守ることと
相手の世話を焼くというのは同じように思えて
全く違う意味を持っているのです。


見守るのは相手を信用しているから、
世話を焼くというのは
相手を信用していないという違いです。


今回このようなテーマについて
書きたいと思ったのは私の母親が
全く私を信用していなかったからです。


何かをする度に根拠のない心配をして、
しかも自分の承認欲求を満たしたいという
下心が丸出しでした。


よく遅くまで仕事をしているのは
お前のためだからと自分のやりたいことを


やらない理由を私だからといって
私のせいにしていたのです。


そんな母親に愛想尽かして
今では連絡も取っていません。


本当に相手を信用しているというのであれば
相手のことを見守ることです。


相手が失敗して傷つくのを防ぐために
世話焼きをしても相手との信頼関係は
崩れていくだけです。


また、世話焼きをしたいという行為では
自己肯定感が低いという
心理状態になっています。


出来事に対してどう受け止めるかは
相手の問題であって
こちらの問題ではありません。


相手が失敗に対してどう対処していくのかを
決めるのも相手次第です。


もし、相手が困ってお願いされたら
こちらから手助けするのです。


相手からお願いされた時だけ手助けをして、
後は相手ができるという前提で
相手を見守りましょう。


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今回も最後まで読んでいただき
誠にありがとうございました。

良い記事だったので投げ銭する

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